
イベントについて
2025年10月21日、一般社団法人日本CTO協会主催のイベント「新卒からCTOへ ― 師弟で語るキャリアの軌跡」が開催されました。
イベントページ: 新卒からCTOへ ― 師弟で語るキャリアの軌跡
登壇したのは、CARTA HOLDINGS執行役員CTOの鈴木健太、その前任者であり、現在は株式会社LayerXでPrincipalを務める小賀昌法。
VOYAGE GROUP時代にCTOだった小賀と、その下で新卒としてキャリアをスタートさせた鈴木。彼らの師弟関係は、VOYAGE GROUPがCARTA HOLDINGSへと変遷を遂げる激動の時代の中で、いかにしてCTOのサクセッション(後継者育成)へと繋がっていったのか。
会社の進化と世代交代――。二人の当事者が自らの言葉で赤裸々に語ったセッションの記録です。
登壇者について
小賀 昌法(こが まさのり)
2010年から11年間にわたり株式会社VOYAGE GROUP(現: CARTA HOLDINGS)のCTOとして、未上場から上場後までの技術組織を牽引。企画・監修した『Engineers in VOYAGE ― 事業をエンジニアリングする技術者たち』は、ITエンジニア本大賞2021で大賞・特別賞をダブル受賞。2023年4月に株式会社LayerXへ参画し、バクラク事業VPoEなどを経て、現在はPrincipal/CTO室 室長を務める。
鈴木 健太(すずき けんた)
2022年より株式会社CARTA HOLDINGSにて執行役員CTOを務め、グループ全体の技術戦略、技術人事戦略、AI推進を統括。2012年に株式会社VOYAGE GROUP(現CARTA HOLDINGS)へ入社後、データ解析基盤や広告配信システムの開発をリード。2019年からは株式会社fluctの取締役CTOとして、経営・プロダクト戦略・技術方針策定・エンジニア組織マネジメントまで幅広く管掌。共著に「みんなのGo言語」「データ分析基盤構築入門」(いずれも技術評論社)がある。
突然の「ハリケーン」と、逆境の中での船出

—お二人のキャリアの浮き沈みを示したライフチャートを見ると、小賀さんが2010年にCTOに就任して意気揚々としていた直後、2011年に「ハリケーン」と称するほどの落ち込みがあります。これは何があったのでしょうか?
小賀: 2010年7月にCTOになり、「さあ、やるぞ」という気持ちでいた半年後ですね。いきなりテンションがゼロになっている。やる気がないのかと思われそうですが(笑)
これには理由があります。
当時、会社は業績が伸びていて「もっと事業を伸ばすために、エンジニアリング組織を良い感じにしてください」と言われて入社しました。これだけ伸びているなら人も増やせるだろうと、翌年入社する新卒採用では、それまで3〜4人だった新卒エンジニアを12人も採用したんです。その中の一人が鈴木でした。

事業は伸びる、CTOとして(自分が)就任した、組織も盤石になるはず。そう思っていた矢先、2011年に会社の利益がゼロになるという事態に陥りました。
事業を伸ばし、組織も作り、さらには大勢の新卒を迎え入れなければならないのに会社が赤字。これは「ヤバい」と。この状況を社内では「ハリケーン」と表現していました。それがこの落ち込みの正体です。
—そのハリケーンの真っ只中、2012年に入社された鈴木さんのテンションは逆にプラス50と非常に高いですね。
鈴木: その当時、ちょうど入社したのが自分だったのですが。その報告をしているお通夜のような全社総会(兼 内定式)を見て「ヤバい会社に入ったぞ」と同期とも話していました(笑)
小賀: 厳しい状況ではあったのですが、実はこの時期、VOYAGE GROUPはサイバーエージェントグループから独立し、MBOによって独立上場を目指すという大きな転換点を迎えていました。
さらに、先ほど話した12人の新卒が非常に優秀で、入社後すぐに活躍してくれた。社内には「独立上場を目指すぞ」「優秀な新卒も入ってきたし、俺たちならいけるんじゃないか」という、業績とは裏腹の高い熱気が満ちていました。それが2012年の雰囲気ですね。

優秀な社員たちとともにより事業を伸ばすことを目指して、より利益が見込める事業にリソースを集中させる 判断を下していました。 私個人としては、MBOにあたって株主となった投資ファンドから経営について厳しく指導され、経営スキルが大きく向上した時期でもありました。
鈴木: 経営会議の後は、皆ものすごく疲れた顔をしていましたね。当時の様子を知る経営陣からは「あの時期は本当に辛かった」と今でも話に出ます。新卒の自分たちから見ても、その緊張感は伝わってきました。
小賀: 今思えば本当に良い経験でしたが、CTOとして「なぜその事業を続けるのか」「なぜそこにリソースを割くのか」といった問いに対して、「企業価値を向上させるため」という観点から、十分に説明責任を果たせていなかった。当時はそういった経営面の未熟さがあったと思います。
上場、そして訪れた危機感と焦り
—2014年にはマザーズ上場を果たし、お二人ともテンションがプラス100に達しています。
小賀: 伸びる領域にリソースを集中させるという判断が実を結び、無事に上場を果たすことができました。
鈴木: 僕個人としては、データ解析チームを立ち上げた時期でした。当時はクラウドネイティブ化の黎明期で、AWSの新しいサービスを駆使して、大規模なデータを処理する仕組みを構築することに夢中でした。それが事業の成果に直結し、自分がやりたいこととも合致していて、非常に充実していましたね。

—しかし、その後は少し雰囲気が変わります。鈴木さんは2015年に一度マネージャーからIC(インディビジュアルコントリビューター)に戻り、小賀さんは会社が順調に見える中で、2018年にかけてテンションが大きく落ち込んでいます。
鈴木: 入社3年目でマネージャーになったものの、自分のマネジメントスキルに力不足を感じ、一度ICに戻ることにしました。しかし、ICとして一人で価値を出そうとしても、やがて一人では解決できない組織的な課題に直面します。多くの人に頼られる中で、再びチームで課題解決にあたる必要性を感じ、マネージャーに戻りました。自分にとっては、課題も多かったですが、それだけ成長できた時期だったと思います。
小賀: 会社としては「働きがいのある会社」ランキングで1位を獲得するなど、順調に見える時期でした。しかし、経営チームとしては大きな焦りを感じていました。上場時に調達した資金で積極的に新規事業に投資しながら新しい柱となる事業を模索していました。

2014年に150億円だった売上は、4年後の2018年には285億円。優秀なメンバーが揃い、会社の雰囲気も良いのに、4年で売上を倍にできていない。このままでは会社が停滞してしまうのではないかという強い危機感からテンションは最も低い状態にありました。
師から弟子へ、託されたバトン
—小賀さんの危機感とは対照的に、鈴木さんのテンションは上がっています。この頃から、小賀さんは鈴木さんを次期CTOとして意識し始めたのでしょうか?
小賀: そうですね。CTO1人体制に限界を感じ始めていた頃、鈴木が子会社fluctのCTOとして素晴らしい成果を出しているのを見て、「そろそろ(全社CTO)どう?」と、夜な夜な飲みに誘っては声をかけ始めました。2017年頃だったと思います。鈴木にCTOを譲った後は、自分がVPoEになって2人で技術的な側面の経営を行っていこうと思っていました。
鈴木: 最初は冗談だと思っていました。「いやいや、まだfluctのことで手一杯です」と返していましたね。
小賀: 実は、もっと前から布石は打っていました。2014年、彼が入社3年目の時に、当社の看板だった学生向けインターンシップ「Treasure」の責任者を任せたんです。社内でも特に優秀な人材が担当する重要な役割であり、彼に任せることで、経営層や人事にもその名が売れ、リーダーとしての経験を積ませる狙いがありました。僕の中では、これも次期CTOへの仕込みの一つでしたね。
鈴木: 自分が参加したインターンを、今度は自分が作る側になるというのは、非常に楽しく、良い経験でした。
—そして2019年にはCCI社との経営統合があり、CARTA HOLDINGSが誕生します。
小賀: 本来であれば、経営統合がなければ2019年頃にCTO職を譲るつもりでいました。
しかし統合によって、その計画は少し後ろ倒しになりました。おかげさまで統合後の業績は好調に推移し、中期経営計画のEBITDAを1年前倒しでを達成することができました。個人的に嬉しかったのは、2014年の上場以来、ほとんど公募価格を下回っていた株価が、この時ようやく上回ったことです。株主の皆様にもようやく恩返しができたと感じ、感慨深かったですね。
鈴木: 事業やプロダクト開発とは全く違う次元で、カルチャーも制度も異なる会社が一つになるプロセスを間近で見られたことは、非常に大きな学びになりました。短期的には難しいこともありましたが、振り返ると、自分のスキルを大きく伸ばしてくれた時期だったと思います。
— もっとお話聞きたいのですがお時間となってしまいました。では続いて参加者の方々からの質問に移りますね。
参加者からの質問
—なぜ、多くの新卒の中から鈴木さんを次期CTOに選んだのでしょうか?決め手は何でしたか?
小賀: 新卒採用で大切にしている基準の一つに、「応援される人間か」というのがあります。スキルや経験が未熟な中でも、周りが「助けてあげたい」と思えるような人。鈴木にはその素質がありました。スキルやマインドはもちろんですが、失敗も含めて周囲から応援される力は、リーダーとして非常に重要な資質だと考えています。
—鈴木さんが他の新卒と比べて、特に突き抜けていた点は何ですか?
小賀: 課題発見能力と、それを解決する「腕力」ですね。技術的な裏付けを持って課題を的確に指摘し、それを短期的にでも解決に導く力がありました。この二つの能力を、経験を積むことでさらに伸ばしていったように思います。
—鈴木さんはなぜマネジメントの道を選んだのでしょうか?
鈴木: 自分から希望したわけではなく、自然な流れでした。目の前の課題を解決しようとすると、どうしても一人では限界が来る。チームや組織で動く必要が出てくる。VOYAGE GROUPには「意志がある人間に任せる」という文化があったので、「こうしたい」と声を上げると、「じゃあやってみればいい」と周りが後押ししてくれました。その繰り返しだったように思います。
—成長するために、若手エンジニアが意識すべきことは何だと思いますか?
小賀: 「コトに向かう」こと、そして「フィードバックを素直に受け入れる」こと。この二つが非常に大きい。自分の感情やプライドではなく、解決すべき課題そのものに集中できるか。そして、先輩や周りからの指摘を真摯に受け止め、自分の成長に繋げられるか。それが大事だと思います。
—小賀さんの言葉で、特に印象に残っているものはありますか?
鈴木: やはり、ストレートに「CTOやってくれないか」と、何度も言われたことですね。飲むたびに言われるので、最初は戸惑いましたが、「この人は本気で言っているんだ」と気づいた時、その期待に応えたいと強く思いました。

これからのCTOを目指すエンジニアへ
小賀: CTOを目指してCTOになった人は、実はそれほど多くありません。目の前にある事業の課題や、その先にいるお客様にどう価値を届けるか、ということに真剣に向き合い続けた結果、そのポジションに辿り着いた人がほとんどです。
技術的な課題だけでなく、組織や人の問題に直面した時に、目を背けずに取り組めるか。自分の好き嫌いではなく、課題解決のために最も効果的な手段は何かを考え、実行していく。そうして自分の得意・不得意を理解しながらキャリアを築いていくことが、自分と周りの人々を幸せにする道に繋がるのではないでしょうか。
鈴木: 問題を解決しようとすると、人の問題に行き着くことがよくあります。そこには明確な正解がなく、どれを選んでもうまくいかないかもしれない。でも、誰かが決断しなければならない。そこで「えいや」と一歩踏み出す勇気を持つこと。振り返れば、自分もそうやって一歩多く踏み出した結果、今があるような気がします。正解がわからないことに向き合い、決断する。その経験の積み重ねが、皆さんを成長させてくれるはずです。
今回は師弟関係である2人のキャリアにクローズアップしてCTOとして技術・経営に向き合うマインドセットに触れました。
CARTA HOLDINGS に興味が湧いた方は是非こちらまで





