このVOYAGE techlogの以前の記事で、「アドテクで膨大なトラフィックを扱うのはなぜか」について解説しました。 広告が掲載されるメディア側のシステム(SSP)では、Webページが配信されるたびに「どの広告を出すと広告収益を最大化できるか」をかけたオークション(RTB)を実施しており、これがアドテクで膨大なトラフィックが発生する要因です。
SSPに対し、RTBにおける広告主側のシステムはDSPと呼ばれます。 広告主、そしてDSPの目標は、限られた予算でできるだけ効果の高いメディアに広告を配信することです。
今回は、前回とは視点を変えて、この広告主とDSPから見た広告配信について解説します。
この記事では便宜上「広告主」と表現していますが、DSPを使って広告配信をする場合、ほとんどは「広告代理店」が直接の「広告主」になります。したがって、ここで「自社」というのは、広告代理店の立場では「クライアント」ということになります。広告代理店は、クライアントが得たいと考えている効果を考慮して広告配信の計画と提案を行い、実際にそれらを実現するためにDSPをはじめとする広告配信システムを利用します。
広告を出す側は、その効果と予算を考える
広告主の目的は、広告を出して「効果」を得ることです。この「効果」は広告主によって異なります。 「自社商品を新たに知ってもらう」、「ECサイトで商品を購入してもらう」、「自社プロダクトを好きになってもらう」などなど、広告の効果は広告主自身が定義することになります。
広告の効果は、とにかく広告を出せば得られるわけではありません。広告主は「その効果を得ることで自社の利益につながる」ように広告戦略を決めていきます。
広告戦略を決める際の主な制約としては「予算」があります。具体的には「この広告案件では月100万円まで使う」といった具合に予算を設定することになります。一般に広告の予算は、Web広告だけでなく、他のあらゆるメディアや形態の広告を出すために配分されることになります。
予算の制約は、その広告が「宣伝」なのか「販促」なのかという観点によっても左右されます。
お茶の間でテレビCMを出したいとしたら、宣伝予算として考えます。渋谷駅のチラシやバスのラッピング広告、タクシー広告、新聞や雑誌などの紙媒体にも合わせて広告を出すと認知を得られやすいかもしれません。これらも「宣伝予算」からやりくりします。
一方、例えばECサイトにおけるTシャツ販売の促進を目的とするなら、ファッション系のWebサイトに広告を出すほうがテレビCMなどより効果が高いかもしれません。 この場合は、店頭での商品サンプルの配布やクーポンの配信のように「販促予算」として広告の予算を考えることになります。
広告主は、商材の性質やターゲット層、予算の規模に応じて、その効果を観察しながら広告予算の配分を変化させていきます。 その広告主をクライアントとする広告代理店でも、クライアントの要望を受け取ってそのまま実施するだけでなく、課題の背景に沿ったKPIの設定、想定される仮説、検証方法の提案などを通じて、より適切に広告予算の配分を決めていきます。
広告の効果はどう計測する?
広告は、効果を期待して予算を配分する、一種の「投資」です。 投資の効率を上げるためには、さまざまなチャネルですでに実施した広告の効果を「計測」する必要があります。
広告の効果はチャネルごとに異なるので、比較のためには同一の指標を使わなければなりません。 ここでは、一般によく使われている次の指標について簡単に紹介します。ご存じの方は読み飛ばしていただいても構いません。逆に初めて聞く方は、これらを覚える必要はありません。
- CPA(Cost Per Acquisition): ある成果のためにかけた費用
- ROAS(Return On Advertising Spend): 単位広告費あたりの売上。「売上 ÷ 広告費」と考えてもよい
- ROI(Return On Investment): 単位広告費あたりの利益
「CPA」は、1つの成果のためにかけた費用です。 例えば、「ゲームアプリがユーザーにダウンロードされること」を成果であるとしましょう。 ある期間において、1ダウンロードにつき平均100円の費用でこの成果が達成できた場合、CPAは100円となります。 平均1000円の費用を使って達成できた場合には、CPAは1000円です。広告主からすると、CPAは基本的に低いほうがよいでしょう。
しかし、せっかく費用をかけてユーザーを獲得しても、すぐにゲームアプリが削除されてしまうようでは、広告主にとって広告の効果が高いとは言えません。 そこで、「どれくらいのユーザーがダウンロードしたゲームで実際に遊び、さらにそこで課金してくれているか」という観点が気になります。
いま、ゲームをダウンロードしたうち5%のユーザーだけが月単価平均500円の課金をしているとしましょう。 広告主の立場では、この「課金ユーザー」をなるべく獲得したいところです。 ここで、例えばCPAが100円のユーザはすべて課金せずに退会、CPAが1000円のユーザは25%が課金ユーザーになってくれたとします。 この場合、獲得できた課金ユーザーが平均して8ヶ月間そのゲームを継続して遊んでくれれば、「CPAが1000円で獲得したもののゲームでまったく遊ばずに離脱してしまったユーザー」の分も含めて元がとれる計算になります。
このように広告主は、「獲得にかかる費用」と「売上」を比べながら、将来的に利益が出るように最適な広告予算を模索していきます。 その際の指標として使われるのが「ROAS」と「ROI」です。
ROASが高ければ、単位広告費あたりの売上が高いことを意味します。 同様に、広告費に対して得られた利益の比率が高ければ、ROIが高くなります(ROIは広告に限らず投資施策において一般的に用いられる指標です)。 これらの用語を使うと、広告主の基本戦略は、「ROASおよびROIを高く保ちつつ、総売上高も高めていくこと」だといえます。
プログラマティック広告の登場
前節では、広告主の基本戦略を「ROASおよびROIを高く保ちつつ、総売上高も高めていくこと」と要約しました。 これを実現するために、広告主にはどのような手段があるでしょうか。
前述したように、広告主には、宣伝や販促のさまざまなチャネルのうち「どこにどれくらい予算を割くか」の選択肢がたくさんあります。 その中から「Web広告」という手段を1つ選んでも、さらに「どのメディアでどれくらい予算を割くか」の選択肢が無数にあります。 それら無数の選択肢を個別に評価し、より高い効果を得られるものを選ぶのは、それだけでたいへんなコストになりそうです。
さらにWeb広告の場合には、この「効果を評価して配信先を決定する」という作業を、原理的にはユーザーがメディアを閲覧する「たび」に個別に実施できます。 そこで、毎回の「設定した予算に応じて最適な配信先を選び、その効果を検証して、それを次回の判断に活用する」を自動化できる仕組みが広く利用されることになります。
このような仕組みは、一般に「プログラマティック広告」や「運用型広告」などと呼ばれています。 前回の記事で説明したRTBは、このプログラマティック広告のための仕組みだと言えるでしょう。 広告主側から見ると、プログラマティック広告配信のシステムとして、DSPを利用することになります。
プログラマティック広告で広告主は何をするか
プログラマティック広告を利用することで、広告主は「効果を評価して配信先を決定する」という部分はDSPとRTBに任せられるようになります。 そのため、広告主の視点で必要になるのは、以下のような作業です。
- プランニングされた指標(CPAやROAS)に基づいて総予算を設定
- DSPによって配信された広告の効果をレポートに基づいて確認
- 効果が期待どおりであれば継続、期待通りでなければ制約や予算の見直し
実際のプランニングの際には、CAPやROASのような指標だけではなく、ほかにもさまざまな制約を指定したいことがよくあります。 例えば次のような「制約」を設定して広告を配信したいという状況が考えられるでしょう。
- 「自社ゲームアプリをダウンロードしてくれているけれど1ヶ月以上起動していないスマホ端末」
- 「ある商品をカートにいれているけれども購買に至っていないユーザー」
- 「20代~30代の男性が使っているWebサイト群のみ」
広告主は、これらの制約や指標をDSPに指定し、一定の期間を決めて広告配信を実施することになります。
DSPの基本的な戦略
最後に、プログラマティック広告の仕組みのなかで、DSP自身がどのように利益をあげているかを紹介します。 DSPも企業なので、広告主の利益を最大化しつつ、自分たちの取り分も最大化しなければなりません。
前提として、DSPの利益の源泉となるのは、広告配信にまつわる手数料です。 広告主から預かっている広告案件が適切に配信され、期待された効果を達成し、さらに多くの案件の配信を任せられるほど、手数料の総額も増えます。
では、どのようにすればDSPは自社の収益を最大化できるのでしょうか? DSP事業で得られる粗利について考えてみると、次の3つの要素の掛け合わせであることがわかります。
- どれだけ多くメディアの広告枠を買い付けできるか(買付可能な広告インベントリ)
- どれだけ多くRTBのオークションに勝てるか(勝率)
- 広告主から頂く金額と、広告が掲載されるメディアへ支払う金額との差
1つずつ見ていきましょう。まず、「買付可能な広告インベントリ」を増やすには次の方法があります。
- 接続するSSPを増やす1
- 買い付けできる広告のフォーマット(動画広告やネイティブ広告)を増やす
SSPとの接続を増やすにも、買い付けるフォーマットを増やすにも、DSPでの機能開発が必要です。 そのため、その開発コストに見合うだけの効果が広告主に提供できるか、という観点でDSPでの開発を検討することになります。 また、SSPとの接続については、SSP側でも開発が必要になるので、SSP側に「自分たちのDSPからどういう広告案件を配信可能か」といったメリットを示す必要もあります。
次に「勝率」についてです。 RTBでは、SSPで開催されるオークションに入札し、それに勝利すると、初めて広告を出す権利を買えます。 入札額が他のDSPより低かったり、SSP側のフロアプライス(最低落札価格)を下回ったりすれば、買えません。 その場合には、広告主から預かっている広告が配信できないので、広告の効果も得られず、DSPとしても手数料が入らないことになります。 したがって、DSPの利益にとっても勝率は重要です。
ここでDSPとして悩ましいのは、勝率を上げるだけならば単純に入札価格を高くすればいいのですが、そうするとDSPの得る粗利としては減ってしまうという事実です。 そのためDSPにとっては、オークション理論を駆使しつつ入札額を削りながら勝率を制御することが基本的な競争戦略になります。
DSPの利益を決める最後の要因は、「広告主から頂く金額と、広告が掲載されるメディアへ支払う金額との差」です。 DSPからメディアへは、「そのメディアでの広告表示(インプレッション)のためのオークション」への入札額を支払います。 当然のことながら、その支払額と同じ金額を広告主に請求してしまっては、DSPの粗利は「ゼロ」になってしまいます。
そこでDSPでは、広告主への請求額を下回るように入札額を制御する必要があります。 この制御には、先述したCPAやROASなどの指標を利用しています。 つまり、DSPからすると、CPAは制約条件となるといえます。
例えば、「2000回の広告表示で1コンバージョンがある」と予測されるメディアへの入札について考えてみましょう。 この場合、もしCPAが1000円であれば、「2000回の広告表示あたり1000円が使える」ということになります。 つまり、一回の広告表示あたりに使えるのは0.5円です。 インプレッションの単価には、1000回あたりの金額を表すCPMという単位が使われるので、それでいうと広告主には500円を請求すればいいことになります。 しかし、それではDSPの粗利はなしになってしまいます。なので実際には499円以下で入札し、粗利を確保しつつ広告表示機会を作っていくことになります。
以上をまとめると、DSPの基本的な戦略は次のようになります。
- とにかく買い付けられるインベントリを増やす
- 買付可能な方法を増やす
- 広告主にとって他のDSPよりも効果が得られるようにする
これらを達成すれば、広告主から継続して発注してもらえる可能性も高くなるので、さらに利益を得られるという期待もできます。
まとめ
本記事では、広告主から見たプログラマティック広告と、その予算配分の考え方について簡単に説明しました。 また、広告主側でプログラマティック広告のシステムを提供するDSPと、そのDSPのビジネス自体がどのような戦略で成立しているかを紹介しました。
次回は、オークションについてさらに紹介していきたいと思います。
執筆者
鈴木 健太 (@suzu_v)
株式会社VOYAGE GROUP/fluct CTO。社内では「すずけん」と呼ばれる、ウェブ技術全般に明るい。日々PHPやGoでAPIを、Reactで画面を書いている。広告技術をひたすらやっている。fluctのプロダクト全般を見ている立場から語る。
編者協力:鹿野 桂一郎 (@golden_luckey) ラムダノート株式会社
- 正確にはSSPだけでなく、Ad Exchangeと呼ばれるプラットフォームでも広告掲載枠が売買されるので、Ad Exchangeとの接続を増やすこともDSPにとっては重要になります。↩